3日目の晩御飯、明日香は自分の部屋に閉じこもっている。
あの『元彼』にあったとき以来おかしい。
明日香が俺を彼氏と認めたときはいつもと何か雰囲気が違った。
いつもなら冗談交じりだったんだけど、今回は強がっているように見えたのだ。
明日香の過去に何があったかは分からないが、今の俺としては心配になるのは当たり前。
晩御飯の時も皆黙っていた。
あの明日香のお母さんさえ黙っている。
無理に盛り上げようとしてみたが、やはりそんな雰囲気じゃない。
明日香のテンションが上がっていない=周りのテンションもあがらない。
本当に明日香の存在は大きいな。
夜、沙希は明日香の部屋に入っていった。
鍵はついていないので入れることには入れる。
俺は座りながら、何か話をするのかと思って耳を澄ましてみたが、全く話し声は聞えない。
ただ、沈黙という音が流れるだけ。
外は夏と言うこともあり、俺達の気も知らず蝉や、鈴虫が鳴いている。
その音が無性に寂しくなり、あまり泣かない俺も涙が出そうになった。
『明日香の元彼』
優しくて、かっこ良かった。
何故か心の隅がチクチクとする。
気のせいとは思うが、気のせいとも思えない。
なんだろうコレ。
「はぁ〜」
胡坐をかきながら外を見て、大きな溜息をつく亮平。
「どうしたんだよ?溜息なんかついてさ」
なんとなく久しぶりに声を出した感じがした。
「明日香が元気ないとさぁ何か違和感があるな。と思ってさ」
渋々と亮平が明日香の事を語っている。
「お前はどうよ?」
不意にこちらを向く。
その仕草が男前に見えた。
「俺も。明日香と一緒に暮らしてるじゃん?俺。今までこんなことはなかったんだ」
そのまま俺は天井を見上げる。
「・・・羨ましいねぇ」
「今、そんな事言っている場合じゃないだろ?」
「いやいや、今だから言えるのさ。どこまで進んでいるの?」
亮平が変な事を聞いてきたからブッっとしてしまった。
「俺達そういう関係じゃないし、俺の体質知ってるだろ?」
女に触れない。ある一部にはまともに喋れない。
この体質を知っているのは亮平だけだ。
親にも言っていない。家族にも。
「そうだったな」
ヘヘヘと笑う亮平。
「明日香さぁ多分、風紀のこと好きだぜ?」
いやいや、それはないから。
心の中で亮平につっこみ。
「ないって」
「けどさぁ、好きでもないやつを『彼氏』なんて言えないぞ?」
悪ふざけって言うもんがあるだろぉが!
明日香はそういう性格なんだよ。
「あぁいいなぁ!」
亮平は心の叫びのように叫んだ。
しかし、今は夜。
できるだけ小声で。
「あぁいいなぁ!」
と二度目の心の叫び。
「だろ?」と少し亮平をからかって、二人で女の話をした。
噂話じゃなくて、女の話。
亮平は今まで付き合った人数とか、告白された人数とか。
因みに告白したことは無いらしい。
こんなにも長い付き合いなのに、そういうことは全く知らなかった。
無二の親友。
この言葉が俺の頭をよぎった。
こんなやつだけど親友なんだな。
心から許せる友達なんだろうな。
そう思った。
その日はその話をして就寝。
だけど、俺はなかなか寝付けない。
明日香のこと。
そればかり考えていた。
その時、廊下でガチャとドアが開く音。
その後にキーと部屋の向かいにある、ベランダが開く音がした。
俺の第六感が明日香だと言っている。
部屋のドアを少しずつ開けていって、ゆっくりと外を見た。

明日香。

やはり明日香だ。
そしてゆっくりとドアを閉め、明日香に近寄っていく。
一人にさせたかった。
だけど、心配で心配でならない。
「よっ明日香」
そう言って俺は手を挙げる。
「ふ、風紀」
自分の部屋に戻っていこうとする明日香。
「なぁ明日香!」
明日香の腕をつかんだ。
この俺が、女の腕を。
気を失いそう。
失神しそうなのを我慢して明日香にこちらを向かせる。
「明日香。何か言ってくれ」
何度も言うが、心配なのだ。
どうしようもなく心配なのだ。
「風紀・・・」
そう言って明日香に抱きつかれた。
「あ、明日香?」
心臓がバクバク言っている。
と言うか、頭が持つだろうか?
そのまま明日香は俺から離れて外を眺めた。
「私ね・・・」
ゆっくりと明日香は話し始めた。
ベランダから見る景色は自然が広がっている。
庭とは逆の方向なので、山が近く。
今にも熊が現れそうだ。
明日香の話を全て聞き終えると俺は明日香を抱きたかった。
だけど、抱けない。
「まだ心残りがある。大和君のことが好き」
そのように明日香の口から聞いたからだ。
「そうか・・・」
その言葉しか出てこなかった。
他にも何か言いたい。
何か言いたいけど、俺と同じ体験を受けた明日香。
『浮気』
そんなものじゃない。
明日香がぽろぽろと涙を流し始める。
「俺もさ昔彼女が居たんだよ」
明日香はこちらをハッと向く。
「そいつにさぁ俺ベタ惚れで、束縛しちゃってたのかな?浮気されちまって」
「そうなの・・・」
明日香もその言葉しか出せないようだ。
「俺さぁ何も出来なかったんだよね。自分の無力さ。情けなくて、情けなくて・・・」
アハハと言いながら髪を掻く。
「だけどさぁ自然とあいつのこと嫌いにならなかったんだ。そりゃ俺だって心残りはあったさ。だけど、こんな俺じゃ幸せに出来ないってそこで思って、諦めた」
涙が出そう。
「風紀なら幸せに出来たよ」
無理に笑顔を作ってそういう明日香。
月の光が当たって、余計悲しく見える。
だけどその顔は美しくて、俺の安らぎの場所。
明日香を失いたくない。
そう思えた瞬間なんだ。
風が吹く。
そよ風が当たる。
何故かその風で安心して俺も自然に笑みがこぼれる。
「明日香」
「なに?」
「明日でここも最後だな」
「そうだね」
「もうあの人とは大丈夫なのか?」
「もう大丈夫。私ね今日ずっと考えてたの」
「何を?」
「自分の気持ちに嘘は無い。けど、大和君には幸せになってほしい。だから私は一歩引く」
「ならいいけど」
そう言って明日香は「ありがと風紀」と言って部屋に戻っていった。

次の日の朝。
「おはよぉぉ!」
明日香がガン!と思いっきり俺達の部屋を開けた。
「お、おはよ・・・」
すると明日香は一瞬で顔を赤くしてドン!と思いっきりドアを閉めた。
俺達沈黙。
それは何故かというと、
「明日香・・・俺達が着替えているときに良く入ってこれたな」
着替え中だったのである。
「そうだね・・・」
俺達は着替え始める。
「でもよかったな」
主語が入っていない亮平の質問。
「何がだ?」
これは当たり前の疑問。
「だから、明日香が元気になって。お前ら昨日の夜いちゃついていたのが原因か?」
ニヒヒと言いながら聞いてくる亮平。
「お前な・・・」
と言って着替えは終了した。
今日はもう家に帰ることになった。
明日香と俺と沙希と亮平は玄関に行き、小母さん・・・じゃなくて明日香のお母さんにご挨拶。
「気をつけてね」
そう言って明日香のお母さんは手を振った。
俺たち4人も「さようなら」と言って手を振る。
歩いて10分のバスの駅に着いた。
バスが来て、俺達は乗り込む。
その時明日香は立ち止まって、後ろを見て「お幸せに」
そう言ってバスに乗り込んだ。
亮平と沙希は分かっていないようだったが、俺は分かっている。
なんとなく優越感に浸って帰り道を楽しんだ。


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